しまむら土下座事件とリベンジポルノの根底にあるもの

金曜日のソーシャルメディアインサイトをお送りします。アクトゼロの黒沼(@torukuronuma)です。

半沢直樹とあまちゃんでテレビドラマ界がにぎわう中、宮部みゆき原作の「名もなき毒」のドラマを見てました。原作のファンだったのですが、とても良いドラマでした。作品の中で主人公の義父にあたる大実業家が、次のようなセリフを口にします。原作から引用します。

「究極の権力は、人を殺すことだ」
義父は続けた。口調は淡々としているが、目が光っている。
「他人の命を奪う。それは人として極北の権利の行使だ。しかも、その気になれば誰にでもできる。…そういう形で行使される権力には、誰も勝てん」

―宮部みゆき『名もなき毒』

どれだけ権力の頂点にいても、強力な個人の意志の前では自身を守るすべがないという意味合いで語られます。「名もなき毒」は2007年の作品です。

今となっては人を殺めるまでもなく、個人が個人の決断の元ふるえる権力はネットの世界でより強力になっています。「晒す」ことは、ソーシャルメディア上で日常的に起きている最も身近な復讐の手段です。

店の過失に怒り、土下座を強要し写真を晒した「消費者」

しまむら土下座事件に進展が有りました。以前「企業の信頼を崩壊させるスイッチを、僕もあなたも持っている 」というタイトルで記事にしたエントリーでも触れたとおり、しまむらの店員を土下座させ、その様子を撮影した写真をTwitter上に公開した事件で、土下座と自宅での謝罪を強要した容疑で介護職員の女性が逮捕されました。彼女は購入したタオルケットに穴が開いていたことに怒り、店員へ土下座を強要したとの容疑がかけられています。

彼女は、土下座写真をアップしたツイートの中で「従業員の商品管理の悪さのために客に損害を与えたとして謝罪するしまむら苗穂店の店長代理○○(デブ)と平社員○○」と注釈を加えています。彼女は自分の怒りは正当なものだと考えていました。

介護職員の不誠実に怒り、個人情報を特定し晒した「匿名のネットユーザー」

その事件がネット上で拡散していくに連れ、2ちゃんねるやまとめサイトを中心に「匿名ユーザーたち」が写真をアップした人物の特定に奔走します。結局彼女の各ソーシャルメディアアカウント・現住所・実家の住所・氏名・職業・家族構成・車のナンバー・本人や子供の写真など彼女のバックボーンのかなりの部分を驚くべきスピードで特定していきます。特定状況はリアルタイムで2ちゃんねる上で実況され、その報告が2ちゃんねるまとめサイト上でさらなる拡散されていきます。

介護職員の女性を、超望遠レンズで捉えた撮影者はその写真を公開するとともに、「続いて、こちらから燃料投下です。 メシウマと叫んで楽しい週末をお過ごし下さい。 」と観客を煽ります。

それを見ている他のユーザーも「乙です!!!カメラ目線っぽい写真ありますけど大丈夫でした? しかし○○○(女性の名前)すごいセンス(服装について)だなぁ・・・脳内もお花畑なんだろうねぇ」と応じます。彼らもまた、自分たちの行為は正当なものだと考えていました。

別れた恋人に怒り、恋人時代のポルノコンテンツを晒す「元恋人」

先日犯人が捕まった三鷹の事件では、犯人が被害者と交際時代とった写真や動画などを海外の動画投稿サイト上にアップロード(10/2)し、Twitterアカウント上で拡散(10/6)し、その後の犯行(10/8)に至りました。プライベートポルノの流出事件は海外では広く起きていて、ニュース化することで対象のコンテンツが好奇の目にさらされてしまうことからか、報道される機会こそとても少ないように感じますが、現に「revenge porno」でgoogle検索すると「復讐のポルノ」を専門に扱うアダルトサイトが、数多く存在していることがわかります。これらの中には、削除したいと希望する被害者から更に「身代金」を取ろうとする輩すら存在しているようです。

今回の三鷹の事件で逮捕された容疑者は逮捕直前2ちゃんねるで「被害者。無差別ではないです。恨みがありました。」と、自分は被害者であると語り、事件後母親に電話で「やりました。(鈴木さんは)意識不明。お母さんありがとう。死ぬ場所を探しておくわ」と語りました。元恋人の彼も、別れた彼女によって何らかの被害を受けたと考えており、自分の復讐を正当なものだと考えていました。

根底に流れる共通項

個人が自身にとって正当だと感じた怒りの元、情報を晒すことによって私刑を加えるという点では、いずれも同じ行動原理が見られます。土下座写真を公開した「消費者」や、リベンジポルノを晒す「元恋人」は叩かれ、しかし、消費者のプライベートを特定し晒す「匿名のネットユーザー」は賞賛で迎えられるのです。そこにある違いは、晒す行動に至った理由に「観客が共感できるかどうか」だけです。

今年10月3日、米カリフォルニア州ではリベンジ・ポルノ非合法化法案が成立しました。

 リベンジ・ポルノ非合法化法案は1日、ジェリー・ブラウン(Jerry Brown)知事の署名を受けて即日施行された。嫌がらせ目的で個人的な写真・映像を流出させたとして有罪になれば、最高で禁錮6月か最高1000ドル(約9万8000円)の罰金刑の対象となる。(中略) カリフォルニア州には、無許可で撮影した他人の写真を投稿するのはプライバシー侵害だとして禁止する法律はこれまでもあった。だが新法の下では、同意の上で撮影された写真でも、写った人の同意なく投稿されれば違法とみなす。つまりカップルで一緒に撮影した写真を、別れた後に相手の同意を得ずに投稿するのも違法ということになる。

「復讐のポルノ」を非合法化、米カリフォルニア州 国際ニュース:AFPBB News 

内容がポルノかどうかによらず、同法案の成立では本人の同意の元撮影されたものでも、本人に無断で公開することを禁じています。この法案によりリベンジポルノの抑止が期待されています。僕は法律家ではないので本質を正しく語るすべを持っていませんが、同内容の法整備が日本国内でも進めば、「リベンジポルノ」事件をいくらかは減らすことが可能になるかもしれません。三鷹の事件では、リベンジポルノ拡散作業の後、犯人の直接的な行動がおきました。リベンジポルノの拡散段階で、手が打てなかったのか。と感じずにはおれません。

名もなき毒の終盤、主人公は自分の家族を危険な状況に追い込んだ「犯人」に対峙します。主人公の心は乱れ、暴力で目の前の犯人を殺してしまいという熱情にかられるのです。ふと我に返った時、主人公は犯人同様その究極の権力を振るいたいという、黒い感情が自身の中にもまた存在することを自覚し、恐怖します。

先に語った当事者たちは、一歩間違えれば僕たち自身なのです、だからこそ、その逸脱を踏みとどまらせるためのルールが、社会には必要なのだと僕は考えます。

アクトゼロ/黒沼(@torukuronuma)

photo by Collin Key (away)