クラウドファンディングの現場から ~福島・ウイスキー共同樽オーナープロジェクト

歌謡曲やファッションなど、物事に対する好みというものは人それぞれ千差万別である。しかし、そうした個人の嗜好とは別として、大勢が好む流れ、いわゆる時代ごとの”流行り”というものがある。最近であれば、例えばパクチーがブームになったことが記憶に新しい。

嗜好品の代表である「酒」も例外ではない。’94年の規制緩和策のひとつ、酒税法の改正により、全国各地に地ビールの小規模醸造所が続々と開設され、地ビールブームが興った。続いて’03年頃には、芋焼酎といった乙種、いわゆる「本格焼酎」を中心とした焼酎ブームが興った。

そして現在、酒のジャンルでは「ウイスキー」が熱い。2010年頃の大手酒造メーカーが、ウイスキーのソーダー割、いわゆる「ハイボール」のブームを仕掛けたところからウイスキーの需要が高まり、ウイスキーの本場スコットランドでその製造法を学んで日本にウイスキー造りを伝えた、ニッカの創業者、竹鶴政孝の生涯を描いたNHKの連続ドラマ「マッサン」で一気にウイスキーブームに火が付いた。

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竹鶴政孝と、スコットランド留学時代に結婚した、妻のリタ像

今や、日本産のウイスキーは「ジャパニーズウイスキー」として世界的にも確固たるジャンルを築き上げた。それは大手酒造メーカー以外にも、「イチローズモルト」で名を上げた秩父蒸溜所(埼玉)といった、マイクロディスティラリーと呼ばれる小規模蒸溜所の成功も強く後押ししている。昨年2016年は、北海道(釧路・厚岸)・富山・静岡 ・滋賀・鹿児島など、日本全国に多くのマイクロディスティラリーが設立された日本のウイスキー史においてエポックメイキングな年だった。

こうしたマイクロディスティラリーの一つ、福島県・郡山にあるのが安積(あさか)蒸溜所 だ。福島県郡山市にある老舗酒造(主に日本酒)メーカー「笹の川酒造」が、2015年の創業250周年事業として、それまで停止していたウイスキー製造を設備を一新して翌年に蒸溜を再開したのだ 。

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私は、2016年年末に面白そうな企画が発表されていることをWebを通して知った。安積蒸溜所の原酒を、地元郡山のネットショップ「福島屋商店」が樽ごと買い上げ、共同樽オーナーとして全国のウイスキーファンから広く公募するという企画だ。

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安積蒸溜所☓福島屋商店 ウイスキー樽オーナー募集サイト(受付は終了)

個人で一樽を購入するのはウイスキーファンとしては夢ではあるが、金銭的にも機会的にも現実的ではない。しかし、一口から資金を提供して参加できるこの企画は、個人単位の小さな資金提供者をネット上で広く公募して資金を集め、事業化・商品化・共同購入するという、いわゆるクラウドファンディングの仕組みによるものである。

クラウドファンディング

クラウドファンディングの原型となったのは、17世紀に、書籍の印刷代を募るための寄付がきっかけだったと言われている。寄付をした人の名前を書籍に載せるといった見返りがあったりと、現在のクラウドファンディングに共通する点があった。また、1884年、アメリカで自由の女神像建設の資金を切らしたところ、新聞記者が自社の新聞で寄付を呼びかけ、6ヶ月で10万ドルを集めた。

現在、ソーシャルメディアの発展によって個人単位によるプロジェクトの立ち上げや告知が容易になり、それに呼応する資金提供者によるクラウドファンディングによる資金調達が活発になりつつある。

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世界銀行による推定によると、世界のクラウドファンディング市場は、2015年度で約344億ドルに達しており、2020年までに900億ドル規模までに成長することが予測されている。日本国内では、規制を緩和する金融商品取引法などの改正案が2014年5月に国会で可決成立したことも背景に、クラウドファンディング市場は拡大を続けており、2015年度は前年比68.1%増の約363億万円に拡大し、2016年度も約477億万円までの成長が予想されており、好調な推移をみせている。(参考

例えば、クラウドファンディングの代表的なWebサービス「CAMPFIRE」のサイトを覗いてみると、様々な新規プロジェクトが発表されており、出資者を広く公募している様子がよく分かる。

”ウイスキー樽の共同所有”というクラウドファンディングの現状はどのようなものなのだろうか。実際に企画を実施・運営している福島屋商店の馬場幸蔵氏と、共同樽を提供した安積蒸溜所を運営する、笹の川酒造社長の山口哲蔵氏にお話を伺ってみた。

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写真左:馬場氏 写真右:山口氏。中央2つの樽が今回のオーナー制度で割り当てられたもの。

◆今回の企画を行うきっかけは?
馬場氏:2016年にスコットランドで大規模ウイスキー蒸溜所を見学してきました。帰国後 、安積蒸溜所を見学した際に、規模こそ違いますが、全く同じ設備が一式、この郡山に揃っていることに驚きました。元々、笹の川酒造の山口社長とは子供からの幼馴染で、現在も仕事などでもお世話になっている関係なのですが、樽を購入する相談をしてみると、なかなか高価で個人単位では無理な金額であることが分かりました。

福島屋商店では笹の川酒造の日本酒・焼酎を取り扱っていて酒販免許を持っているのですが、笹の川がかつてウイスキー製造を行っていた関係で、今では取得が難しいウイスキーの販売免許も取得していました。そこで、笹の川酒造の協力のもと、オーナー制度という形で全国のウイスキーファンに一口づつの出資はどうかと広く気軽に声かけてみようと思い、募集を始めました。

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◆その反響はどうでしたか?
馬場氏:2016年11月に応募を開始しました。当初の想定では1樽分・150口だったのですが、 あっという間にその数を超えてしまい、急遽、笹の川酒造に無理をお願いし、2樽分の応募を受け付けました。詰められるボトルの数の関係で、最終的に254名、317口申込で締め切りました。応募頂いた方は、北は北海道 ・旭川、南は沖縄・石垣島からまでに渡り、外国人の方の応募も少なからずありました。

Web上で積極的なプロモーションは特にしていなかったのですが、ウイスキーファンが集まるブログの記事(くりりんのウイスキー置場 笹の川酒造 安積蒸留所がウイスキー樽の共同オーナー募集を開始 2016.12.3)に取り上げられたところから火が付きました。そこから今回の企画についての情報が全国に広まり、結果、多くの応募を頂きました。ブログ記事を通した、ネットでの情報拡散の様を目の当たりにした感があります。

◆ネットでの情報拡散についてどうお考えですか?
山口氏:単純に凄いなと思いました。もともとウイスキー製造を始めたのは昭和21年でしたが、その後、ウイスキー市場は急激に縮小しました。

ウイスキーブームが起きた後、かつて製造していた15年貯蔵の原酒を使った商品を出したところ 、結果的に即完売した商品があるのですが、そのきっかけもSNSによるウイスキーファンによる口コミでした。「コストパフォーマンスが非常に良いウイスキーが出た」「値付けを間違っているくらいだ」などと。(笑) 本来、1年くらいかけて販売する想定で製造したものがたった2ヶ月で完売しました。全国にこの情報が回ったのはFacebook・Twitterによるものでした。

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TVCMなどを全国的に展開できるのは大手だからこそ。福島・郡山という地方の商品の情報を全国に広めるためには、ウイスキーのようなコアなファンが集まる隙間物のような商品の場合、キーとなる発信者を介して情報を発信してもらえると、その同様なファンに対して水平に展開できるのがSNSだと感じました。結果的に、的確にウイスキーファンに情報が伝わったという印象があります。

上記写真は、福島屋商店Facebookページのものを引用

2017年3月、企画に応募した資金提供者を対象に、安積蒸溜所の見学交流会イベントが行われた。普段、公開していない製造現場を見学できたり、作り手の皆さんとお話ができたりと、ウイスキーファンとしては絶好の機会だ。この先も同様のイベント実施が予定されており、ただ5年後に出資した金額に応じたウイスキーが届く以外にも楽しみがあることが魅力的だ。イベントの日、全国から多くの参加者が集まった。

◆今回のイベントを実施してみていかがでしたか?
馬場氏:企画の応募者とその家族・友人の方など、100名に近い方にご参加頂けました。そのうち、4分の3程度は県外からの参加者でした。多くの方は郡山に宿泊したり、笹の川酒造のショップをはじめ、土産物などの買い物したりと、経済効果は確かにあったはずで、蒸溜所・ウイスキーが十分観光資源になりうる実感を受けました。

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福島の商材を扱うネットショップを運営していることもあり、まだまだ東日本大震災から起因する福島に対した風評被害は根強く残っていることを感じています。ただ、少なくとも今回のイベントに参加した方々は、郡山・福島に対してプラスのイメージを持って帰られたはずです。残念ながら今回イベントに参加できなかった出資者の方も、頭の隅に自分の樽が郡山・福島にあるんだな、とその存在を考えながら暮らしているはずです。大多数の日本人の日常生活の中に、福島の存在、そしてその風評被害は存在しません。ですが、今回のイベントや企画のように、少しでも福島と付き合うきっかけとなり 、イメージをプラスにしていかなければ福島の風評被害はなくならないと思います。とにかく福島のことを少しでも「考えてくれる」ことが何よりも有り難いと思っています。

今回の企画は、ビジネス云々だけで動いている訳ではなく、復興支援が重要なコンセプトとして考えています。あの樽が資金提供者の手元に届くまでの5年間という期間は、福島のイメージを変えるために丁度良い長さの期間ではないかと思います。

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クラウドファンディングは、必要な資金を調達することが最大の目的ではあるが、他にも様々な効果が期待できる。SNSを介した効果はインタビュー中でお伝えできたが、「ウイスキー樽の共同オーナー」という面白い企画だったこともあり、イベントの様子をテレビ・新聞が複数社取材しており、広く伝えられた。こうしたPR効果や、リターン品で出資者の満足を得られ、その後のファン化・リピーター化できるなど、資金調達者・出資者ともにwin-winの関係を築くことが可能だ。

先日、改修が終了した、若鶴酒造の三郎丸蒸溜所(富山)も、クラウドファンディングでその資金の一部を集めた結果、目標額の1.5倍もの資金を集めることに成功した。(参考)ウイスキー分野でもこうしたクラウドファンディングの試みが広がりつつある。

安積蒸溜所☓福島屋商店によるウイスキー樽オーナー制度、私自身も一口参加している。今後のイベントなどを楽しみにしながら、ウイスキーの熟成とともに、福島県の復興を見守り続けられればと考えている。最後になったが、今回のインタビューにご協力いただいた、福島屋商店の馬場幸蔵氏と、笹の川酒造の山口哲蔵氏に心よりお礼申し上げたい。

なお、より詳しい見学会の様子や安積蒸溜所のウイスキー製造の工程については、私のFacebookノートで公開しているので、ご興味のある方はご参照頂きたい。