先日、Facebookによる「動画ファースト」戦略についてご紹介しました。(Facebookが狙う「動画ファースト」戦略、これからの家族のリビングでの過ごし方は? 2017.2.24)「Apple TV」やAmazonの「Fire TV」等の、セットトップボックス向けのアプリをリリースすることによって、Facebook動画をテレビ上での視聴に対応させることにより、本格的にFacebookがリビングルームに進出して、本格的にテレビを喰いはじめた内容でした。
そして先日、Web動画の雄ともいえるYouTubeが、更に本格的なサービスを提供し始めました。
月額35ドルの「YouTube TV」始動へ–テレビ番組のライブ視聴やクラウド録画に対応
グーグル傘下の大手動画サイトYouTubeは、今後数カ月のうちに、ライブテレビネットワーク「YouTube TV」を米国で開始する。事実上、ケーブルテレビのサービスを備えたようなものとなる。この新サービスと競合するのは、ケーブルテレビや衛星放送に加え、DISH Networkの「Sling TV」、ソニーの「PlayStation Vue」、AT&Tの「DIRECTV NOW」といったオンラインの有料テレビ番組配信サービスだ。
YouTubeの最高経営責任者(CEO)を務めるSusan Wojcicki氏は、「若い世代は、いつもオンラインで動画を視聴しているような方法で、テレビを視聴したがっている」と述べた。YouTubeは米国時間2月28日、ロサンゼルスで開催したイベントでYouTube TVを発表した。
(2017.3.1 cnet Japan)
有料の映像ストリーミングサービスである「YouTube TV」は、ABC・CBS・FOX・NBCなどといったケーブルテレビの40以上のチャンネルが月額定額で視聴できるサービスです。まずは米国の主要都市からスタートし、徐々に全土に広げていくようです。米国以外の展開は未定となっています。主要局以外にも地方放送にも対応したり、視聴料を番組毎に支払うペイパービューにも対応する予定だとか。
(YouTube Official Blog「Finally, live TV made for you」より)
月額の料金は35ドル。この価格は既存のケーブルテレビの視聴料の半分程度にあたる、破格の金額です。AndroidやiOSアプリにも対応しており、1契約で6アカウントまで視聴が可能です。これは、一家族それぞれが個別のデバイスからの視聴も想定したサービス設計なのでしょう。
更に、クラウドDVRと呼ばれる、クラウド上に録画する機能を備え、最大で9ヶ月間保存ができ、自分の好みでストリーミング視聴することができます。しかも、クラウドのストレージ容量は無制限で、GmailなどのGoogleアカウントの容量とは別カウントです。
CATV天国だった米国
アメリカの国土は非常に大きな面積があることから、テレビにおいて、日本のように電波で送受信する技術よりも、ケーブルテレビ(CATV)による技術が主流で、各地域にあるケーブルテレビ局が大きな力を占めており、ピーク時にはアメリカ全人口の58.4%が加入するまでとなりました。また、米国世帯の70%はCATVでテレビを視聴し、20%は衛星放送、10%が電波による受信であるというのが通説でした。
しかし、CATVのこの世の春が永続することはなく、数年前から「コード・カッティング(Cord cutting)」という言葉がアメリカで盛んに叫ばれています。これは、インターネットの発展・動画配信サービスの高度化に伴い、ケーブルテレビの契約を解除し、インターネット経由での動画視聴を選択する消費者動向のことを表します。CATVから日本でも人気の高い、NetflixやHuluなどの定額動画配信(SVOD)や動画配信サービスに流出しているのがアメリカの現状なのです。
実際、投資銀行「Piper Jafray」が2016年秋に実施した、米国46州の1万人の10代の若者の消費動向について調査したデータによると、YouTubeの視聴時間がCATVの視聴時間を上回ったことが分かります。
(http://www.piperjaffray.com/2col.aspx?id=287&releaseid=2211939&title=より)
毎日YouTubeを見ている人が全体の26%に対し、CATVを毎日見ると回答した人は25%に留まっています。年2回行われるこの調査で、YouTubeがCATVを上回ったのは今回が初めてなのだとか。米国におけるCord cuttingが進んでいる証ともいえます。今後、この差は更に開いていくのではないでしょうか。
ちなみに、米国のティーンエージャーがよく使うSNSサービスは上から順に、Snapchat → Instagram → Twitter/Facebookとなっており、日本とはその傾向が全く異なることも分かりますね。
YouTubeはCATVを喰うのか?
CATVとYouTube TVを比較すると、衰退していく旧メディアと、競争に打ち勝とうとする新メディアの対立の構図に見えますが、今回のYouTube TVの大きなポイントは、CATVチャンネルや地域のスポーツネットワークなどといった、CATV事業者をパートナーとして迎えている点では無いでしょうか。CATVでは、加入者の止まらないCord cuttingの流れで収益が低迷する中、サービスインフラの部分をYouTubeが担い、動画コンテンツ提供事業者としてCATV局が存続するという構図が成り立ちます。
これまでも、月額10ドルでオリジナルドラマなどを視聴できる「YouTube Red」や、人気動画クリエイターである「YouTuber」の支援など、動画コンテンツの品質向上・種類の増加を続けているYouTubeにとって、テレビ番組の”制作力”というCATVの重要な能力は、有料サービスの加入者拡大を図るには都合の良い戦力になります。
現状の流れの中、今回のYouTube TVのリリースは、YouTubeとCATV双方にとってwi-winの関係なのかもしれません。YouTube TVが成功した暁には、Googleが非常に巨大なメディアインフラを掌握したことになるでしょう。何だか少し怖いような気もしますが…。
放送時間などの時間割が決まっている旧来のテレビは、番組開始の時間を待って視聴することや、開始から最後まで連続して視聴しなければならなく、一定時間視聴者を拘束する必要があります。そして、今やスマートフォンやゲームなど、テレビ以外にも選択するコンテンツが大量に提供されており、自分の自由時間をどのように使うかの選択肢が多数存在します。
日本でも近年、モバイルシフトともに、映像の視聴スタイルがテレビからネット動画に変化し続け、”テレビ離れ”というキーワード、まるで”Air cutting”とも言えるような状況が続いているとはいえ、まだテレビが大きな力を持ってる状況です。地方局の強みはそう大きくなく、いわゆる地上波と呼ばれる数局のテレビ局が全国に渡り大きな影響力を持っている市場の中、やがてYouTube TVが日本に上陸した時、これらの放送局の役割は果たしてどのように変化していくのでしょうか。
Photo by Mike Seyfang Esther Vargas