忘れてもらえないことに苦悩する人たちと、記録されないチャットアプリの台頭

金曜日のソーシャルメディアインサイトをお送りします。アクトゼロの黒沼(@torukuronuma)です。

矢口真里、CM降板も検討中…公式サイトの画像削除は「一連の騒動」が原因矢口真里、CM降板も検討中…公式サイトの画像削除は「一連の騒動」が原因

元モーニング娘。の矢口真里の不倫騒動が話題です。これまで持っていたレギュラー番組や放映中のCMの降板が相次いで発表され、未だ不倫問題に関する続報がネットニュースや2chまとめサイト上で話題となっています。
芸能という仕事は「人となり」を売りものとすることで行われるビジネスなので、個人としてのプライベートな振る舞いが、タレントとしての仕事に直接的な影響を与えてしまいます。「イメージが商売道具」の辛いところです。タレントとしての「矢口真里」が番組降板という形で責任を取ることになったのだろうと思います。

ネット登場以前、週刊誌で取り上げられテレビのワイドショーで流れるスキャンダルは、3ヶ月もすれば忘れられていったものですが、今回の騒動は彼女の名前とともにネット上にアーカイブされてしまいました。数年後彼女の名前を検索しても、タレントとしての彼女は不倫騒動のニュースに、追いかけられ続けてしまうことでしょう。

彼女の周りでまだ火はくすぶっていますが、炎上自体は彼女だけに特有な問題ではありません。今日は、広くネット上を漂流し続ける個人の「過去」と、それに苦しめられる人々についてお送りします。

殺人犯のデマを受け続けた芸人スマイリーキクチ

自ら起こしたスキャンダルで表舞台を追われることになった「タレント」は多くいますが、デマをもとに10年もの間、殺人事件の犯人扱いされてしまった芸人スマイリーキクチのような人もいます。彼の場合は、タレントとしての自分ではなく、一個人の尊厳に関わる部分でいわれのない社会的制裁を受けることとなってしまいました。

殺人事件の犯行グループと、スマイリーキクチの双方が足立区の元不良、という共通点から始まったデマは10年にわたって彼を苦しめ続けます。拡散の現場となったのは2chでしたが、事件自体のインパクトと相まって長らく怪文書的にネット上を漂流し続けました。

スマイリーキクチ中傷被害事件(スマイリーキクチちゅうしょうひがいじけん)とは、お笑いタレントのスマイリーキクチが、女子高生コンクリート詰め殺人事件において殺人の実行犯である等とする、いわれなき誹謗・中傷被害を長期間にわたって受けていた事件である。
誹謗・中傷によってブログを炎上させた加害者が一斉摘発された日本で初めての事件であると同時に、被害者が一般人ではなくタレントであったことなどから全国紙やテレビニュースでも大きく扱われた。
スマイリーキクチ中傷被害事件 – Wikipedia

インターネットで中傷され続けた10年 スマイリーキクチさん | ふらっと 人権情報ネットワーク

自著「突然、僕は殺人犯にされた~ネット中傷被害を受けた10年間(竹書房)」(2011年出版)の中で、彼はこのように語っています。

事務所の掲示板には「スマイリー菊地。許さねぇ、家族全員、同じ目に遭わす」「スマイリー鬼畜は殺します」と、今の時代なら脅迫や殺害予告とも取れる書き込みも多々あった。
当時は、ネットの掲示板に犯行予告をしていて実際に事件を起こす者も、殺人予告によって逮捕者が出るなどの事件も少なかったため、あまりにエスカレートした状況であっても手の施しようがなかった。
再度、事務所から「2ちゃんねる」の管理者に中傷のある書き込みの削除依頼をしたが、返答は「事実無根を証明してください」の一点張りで、どんなに依頼をしても、削除をしてくれる気配はなかった。

2011年の自著出版、2012年12月のデマについてのテレビ特番出演(日本テレビ/ザ!世界仰天ニュース 3時間20分スペシャル内)で、ようやくデマ拡散は終わりを迎えましたが、彼はまさに芸能活動の10年間、ひとりの人間としての10年間をともに失ったのです。偽物の「過去」によってです。

本件はソーシャルメディア登場以前におきましたが、ソーシャル時代を迎えたいまは、より相互監視がきつい状況となっています。反社会的な過去をもって特定の人物が「正義」の名のもとに徹底的に叩かれる機会は、圧倒的に現在のほうが増えています。そしてその対象は有名人に限りません。

Twitter炎上で未来を失った若者たち

芸能人にかぎらず、未成年の飲酒・バイト先での不祥事・カンニング・飲酒運転や万引きなどを自らのTwitterアカウント上で告白してしまうことで、ネット上で個人情報を暴露されるなどの制裁を受ける学生が後を絶ちません。

「Twitter 炎上」で検索すれば、大手まとめサイトなどに氏名・住所・所属大学や内定先に至るまで、「罪状」とともにまとめられています。ご丁寧なことに、炎上した学生の内定先にまでその情報が共有されてしまいます。内定取り消し・内定辞退に追い込まれる学生も多く、犯した罪が単に罰せられる以上の社会的制裁を受ける学生も少なくありません。

2012年の「クローズアップ現代/“忘れられる権利”はネット社会を変えるか?」のなかで、失敗を犯した若者の声が放映されました。

インターネットであらゆる個人情報が暴かれ、会社を辞めざるをえなかった人がいます。そのAさんの名前で検索すると、数万件ものホームページがヒット。そこには住所や学歴、恋人との赤裸々な写真などが公開され、ひぼう中傷のことばにさらされ続けています。Aさんは人の目におびえ、いまだに働くことができずにいます。
Aさんの母親「今まで努力して積み上げてきたものを、ぜんぶ失くしてしまいました。名前で検索すればずっと残る。1日も早く忘れられたいという思いで、過ごしてまいりました」
きっかけは小さな過ちでした。当時、大手企業で働いていたAさん。会社でのある出来事をツイッターに書き込みます。

「今日タレントの○○が来た。すっげー偉そうで、しかも女連れ。ちょーうぜー」
ツイッターには自分の名前を出していなかったAさん。つい、強いことばを書き込んでしまったのです。このひと言がネット上で波紋を呼びます。(中略)

Aさんの個人情報は、ひぼう中傷の言葉とともにすでに別のサイトに転載されており、次々とコピーされ増殖し続けていたのです。その後、自宅に脅迫めいた手紙まで届くようになり、仕事も辞めざるをえませんでした。
Aさんをひぼう中傷する情報は、半年以上たった今もネット上に残り続けています。ツイッターに書き込んだひと言がきっかけで、人生を翻弄されたAさん。今も自宅に籠もりがちな日々が続いています。

「社会の隅でお役に立てるような今後を生きることでおわびしたいと思っています」

“忘れられる権利”はネット社会を変えるか? – NHK クローズアップ現代 

たとえ匿名で運用されているアカウントでも、ほんの少しの発言内容から、個人を特定することは難しくありません。ネット社会においては一般人と芸能人の区別はなく、「正義」の名のもとにとことんまで制裁を加える、祭り好きな人々がただいるだけなのです。追い込んでワクワクしている人たちは、ネット上で追い込むだけ追い込んだあと、その対象がどうなれば「納得する」のでしょうか?所属しているコミュニティ(大学・職場)からの放逐でしょうか?それとも「それ以上」なのですか?

Amanda Todd

2012/10/10 カナダ・バンクーバーで15歳の少女Amanda Toddが自ら命を絶ちました。彼女は、ウェブチャットで知りあった男にうまく乗せられてしまい、チャット越しにトップレスの姿を見せてしまします。その後、その画像は彼女の周辺で拡散(シェア)され、彼女はいじめの中心に置かれてしまいます。以下の動画は、彼女自ら命を終わらせる1ヶ月前にYoutubeに投稿した、ことの経緯をつたえるメッセージビデオです。(日本語字幕付き:みずからの自傷行為を撮影した静止画が、ラストに一瞬だけインサートされます。閲覧ご注意ください)

たった一度のネット上での失敗から始まる、彼女が絶望に至るまでの出来事と、彼女の周囲のひとびとが彼女をどのように扱ったかが、無言のなか手書きのメモで語られていきます。

「彼女」と「それ以外の集団」という構図になった時、集団の暴力は先鋭化してしまいます。「集団」のそれぞれは、この最悪の結末になんと釈明するでしょうか。彼女の周囲の人達は、「私はちょっと疎遠になっただけ」「私は殴れ!って言っただけで実際には殴ってない」「一発だけ殴ったけど、みんなも殴ってた」それぞれの行為は彼女を追い込んだ暴力のほんの一部でしかなかったかもしれません。しかしその暴力が容認される「空気」自体に彼女は追い込まれてしまったのです。

ネット炎上の火を焚きつけているとき、自らがその制裁機能の一部にあることを、ぼくたちは忘れがちなのだと思います。

アーカイブされる世界から逃げ出すためのサービス「Snapchat」

インターネットの文化は、Webサイトの構築とその検索サービスを中心に起こりました。すべての情報は記録され蓄積され検索される、それが当たり前だと考えられてきました。2chのログは膨大なボリュームの「リアルな声」を蓄積しています。ブログの流行は個人の「日常」と「オピニオン」をネット上にアーカイブする機能とも言えます。そして、その流れはFacebook内においては「タイムライン」という形で自分史を残す機能として採用されています。

ソーシャルメディア登場以降は、現実世界の人のつながりが丸ごとネット上に持ち込まれました。日常の「過ち」がネット上に流れ出やすい状況となったわけです。

Snapchat

世界的にユーザーを拡大しつつある「Snapchat」という無料アプリがあります。本日(2013/06/06)付けのAppstore無料アプリランキングで、アメリカで1位、イギリスで2位、オーストラリア・カナダで5位、2013年に入って以降、これらの国で常にランキング上位に存在しているアプリです。このアプリは写真を使ったチャットサービスですが、最大の特徴は送った写真が最長10秒の表示しか行われず、チャット利用者双方のユーザーはもちろん、サービス提供しているサーバーにも画像は保存されないことです。送られた画像をキャプチャしようとすると、相手にキャプチャを取られたことが通知される仕組みで、画像の保存をより難しくしています。(…とはいえ、Jailbreakなどなどで保存できるようですが)

「記録されない」ということでこのサービスは人気となり、2013/04の時点で、1日あたり1億5000万枚の画像がSnapchatを通して共有されています

濃厚な相互監視に満ちたネット社会から逃げ出すための救命ボートのように現れた「Snapchat」の存在は、息苦しさから自由になりたい(時には「バカ」になりたい)ネットユーザーの空気を濃厚に映し出している気がするのです。

アクトゼロ/黒沼透(@torukuronuma)
photo by colinlogan