前編でトヨタ自動車(以下トヨタ)が発表した「トヨタフレンド」について、そのサービスの概要をまとめてきました。
後編では、その狙いと企業が独自にSNSを展開することについて、具体的に考えてみたいと思います。
なぜ既存のSNSを利用しないのか?
まずは、なぜオリジナルのSNSを構築するという形を選択したのでしょうか?
トヨタだけに関わらず、ある一定の資本力を有する大手企業であれば、ソーシャルネットワークの活用を検討する際に、自社で立ち上げるという選択肢が浮かんでくることは十分考えられます。
まずは、なぜ既存のSNSを活用しなかったのか、既存のSNSを活用することによるデメリットを考えることで、その理由を探ろうと思います。
■デメリット1
サービスの仕様が変更になる可能性がある
これは、既存のサービスを利用するという前提の中で、最も厄介な問題だと思われます。
既に提供されているサービスの仕様に合わせてSNSを構築した場合、そのサービスの仕様変更によって大きく影響を受けることになります。Facebook等でアプリを開発していると、最悪の場合そのアプリが使用できなくなったり、改修が必要になったり、ということも大いに考えられます。
■デメリット2
利用範囲が細かく定められている(利用規約の存在)
あくまでもサービスを利用するという立場でありますので、そのサービスの規約の範囲内での利用となります。
例えば、Facebookにはプロモーション利用に関して、細かい決まりがあります。その決まりを守らない限りプロモーション活動はできないのですが、内容を見る限りかなり注意が必要です。
このように、利用規約=企業活動の制限となってしまう点は、非常に大きなデメリットのひとつと言えるでしょう。
■デメリット3
利用者の属性などマーケティングデータに制限
当然のことながら、利用者のデータについての開示にも制限があり、全ての細かいマーケティング利用のためのデータ取得は難しいでしょう。
■デメリット4
製品との連携における技術情報の制限
自社製品にSNSと連動させる機能を設けようと思った場合には、一般の開示されている情報だけでは不十分であることが予想されます。
以上を総合すると、既存SNSを利用する場合のデメリットとして、サービスを提供している会社がカギを握っていて、あくまでも“利用させてもらっている”前提があり、様々な制限が設けられるという点が挙げられると思います。
そういった面で、トヨタは自社で主導権を握る形で、制限のない活用方法を考えた結果、独自のSNSという選択肢が現実味を帯びてきたと言えるでしょう。
自動車業界の構造という要因
既存のSNSを利用するデメリットをいくつか見てきましたが、逆に、メリットもあります。
メリットとして非常に大きいのは、既に多数の会員を獲得しているSNSであれば、自社の力で新規会員を獲得する時間とコストを節約できるという点にあります。これは、いくつかのデメリットに目を瞑っても余りあるほど、大きなメリットと言えるでしょう。
ではなぜ、この非常に大きなメリットのある既存SNSを活用しなかったのでしょうか?
トヨタはすでに、Gazoo.comという、独自の会員サービスを展開して会員を獲得していたことも理由として考えられますが、最大の要因として自動車業界の構造が考えられると思います。
乱暴な分類ではありますが、自動車業界は、開発・製造を行うメーカー、販売を行うディーラー、購入する一般ユーザーという3者の構造に分けられます。
その中でも、特筆するべきはディーラーでしょう。
スーパーやデパートといった販売店のイメージと大きく異なり、トヨタ系ディーラーはトヨタ車のみの販売、といったようにメーカーとディーラーが強く結びついています。
また、ただ販売して終わりというわけではなく、父親の世代から同じセールスマンから買っている、なんていうのをよく聞くように、日頃の点検や車検などユーザーと継続的に関係を持ち、非常に結びつきの強い繋がりになっています。いわゆるこの古くからの関係性をいかに時代に合ったものにしていくか、という点が課題として考えられていたのではないかと思われます。
ここ数年、ソーシャルネットワークという新たな繋がりが、インターネット上で急速に広がってきました。
そして、Facebookページのように、企業がその繋がりの中に積極的に参加するという、新しい企業活動の形が生まれてきました。そういった時代の流れと、自動車業界における3者の関係性を再構築するという思惑がひとつになったのではないかと考えられます。
もちろん、電気自動車やハイブリッドカーの開発や普及など、自動車そのもののテクノロジーの進歩も関わっていると思われます。
突然、発表されたトヨタが独自のSNSを構築するというニュースは、一見すると全く新しい展開のように思われるかもしれません。
しかし、現実社会で行われてきたメーカー、ディーラー、ユーザーという3者間のコミュニケーションを、ソーシャルネットワーク上で展開しようとしていると考えると、正常進化のように捕らえることができます。そして、実際に<前編>でまとめたように、大きなメリットを伴っています。
このように製造業(メーカー)が新しい時代に向けて「攻める」状況は、今後一層増えてくるでしょう。
そういった時にとても重要になるのは、業界の構造を理解し、新しいテクノロジーを使っていかに「正常進化」していくかを考えることだと思います。
photo by Paul Garland