ソーシャルテレビ番組「MAKE TV」を見て考えたこと

アクトゼロ黒沼です。ソーシャルメディアインサイト今日は、今週6日(水)深夜にTBSで放送された「MAKE TV」についてです。MAKE TVについては、以下のサイトで既に話題になっていますので、当日ご覧にならなかった方は、概要を追っていただけると幸いです。このエントリーでも軽くまとめます。

どんな番組だったか?

下部MENUのDEMOMOVIEをご覧下さい。

MAKE TVは、生放送番組です。番組中行われるKARMINのミュージックビデオ撮影(一発撮り!)に、セット内のギミックをAndroidアプリやWebサイト上で提供された「DOT SWITCH」をクリックすることで参加できる。というものでした。

DOT SWITCHのクリック数が一定数(10,000件で撮影スタート、各ギミックの前を撮影しているタイミングで1,000件)に至らないと、ギミックが作動しません。みんなで次々連打することで、ギミックを作動させ続ける必要がありました。

結果どうなったか

結果、クリック数は番組側の想定を大きく超えて、ものすごい勢いでカウントアップをして行きました。スタートに必要な10,000クリックはあっという間にクリアしました。(僕の記憶でスタート時点で70,000くらいまで一気に増えました。)ギミックごとの集計も1000クリックでクリアしていくはずが、途中から集計をやめ合計値しか表示されなくなっていきました。カウント数が想定を大幅に上回ったからだと想像します。

結果、ギミックはほとんどがうまく動作し、2ギミックだけが動作しませんでした。動作しなかった理由については、番組中触れられなかったかとおもいます。

最終的にミュージックビデオの再生中にドットが押された回数は、4分間で800万クリックを超えていました。すごい数字だと思います。Twitter上の感想も概ね、新しい試みの例として、好意的にこれを評価する人がほとんどでした。楽しかったの声も実際多かったで、広告プロジェクトとしては、大成功といっていいでしょう。

番組終了後のTwitterの反応は

主な感想ツイートです。広告業界のかたの反応が多く見受けられました。評価する人はその「新しさ」を評価し、評価しない人は「参加できる感のなさ」を上げているように思いました。僕の感想も、ほぼ同じです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

番組からが感じられなかった「ソーシャル」っぽさについて

僕が違和感を感じたポイントのひとつは、「<参加者>と<番組>間のコミュニケーションが、単純化されすぎている」ということです。インターネット上のコミュニケーションが、量的にも増大化し、環境としても複雑化しつづけていて、さらに実名化の動きまで加わってきているときに、この番組では<ドットのクリック数カウント>という極めてデジタルで単純な方法でしか、やり取りが出来ないという点です。「ソーシャル」を名乗るには、手法が前時代的すぎる気がします。ソーシャルメディアの持つ空気感を正しくつかめているように見えないのです。

加えて、インタラクティブ感もとても限定されたものに感じました。単純な投票システムに見えてしまって、紅白の地デジテレビ投票と、大して変わらない印象を受けました。ほんとうに自分のクリックでギミックが動作しているのか、その実感を感じることができたのは、ユーザーのほんの一部だったのではないかと思います。


T-mobileのリアルAngrybirdsには、バーチャルのゲームが現実社会に直接再現されるというフレッシュな衝撃があった。ユーザーのアクション(パチンコを引く強さ)が、それに対応した結果(飛んで行く距離)を産んでいるかどうかで、インタラクティブ感はだいぶ違ったのかもしれない。

その結果、「ツイッターアカウント名を表示できるボード」(MVを一時停止しても、移ってる名前を確認できる人数はどれくらいだろう?拾い上げれて30~40人くらいかな?800万クリックもあったのに。)や、「完成MVのスタッフロールに参加アカウントの名前が載る」とかは、割りと良い仕掛けだとは思いますが、「ほら、ソーシャル要素ですよ」という、単純すぎる全体の構成に対する言い訳のように感じてしまいました。

バラエティ番組のような作りだったことも、先進的な試みであることを、ぼやかせてしまう要因だったように思います。「テレビ番組」として成立させる必要があったのはわかりますが、「ネット越しのユーザー参加でミュージックビデオを完成させる」というコンセプトの表現に、いとうせいこうやロッチが必要だったでしょうか。

いや、プロジェクトに携わった方が大変な思いで、各方面と調整して結果こういう形でリリースされたことは、制作者の端くれとして頭下がるし、尊敬もしています。僕だって、PARTYや太陽企画やバスキュールの仕事に感動してきました。僕にこのプロジェクトが回せるのかといったら、回せないに決まっています。だけどその上で、やっぱりソーシャル感はなかったと思います。実験テレビ番組でした。「ソーシャル+インタラクティブ+ライブ番組」の名のもとに、大きな予算をかけて行ったプロジェクトの、大きいがゆえにハンドリングできていないほころびや、「実験テレビ番組」として無難に着地に至った姿が、とても残念でした。

マスを巻き込んで、参加者にインタラクティブの実感と、ソーシャル上の広がりを感じさせる体験を、どうすればうまく実現できたのか、今後同様のクロスメディアプロジェクトが行われるとき、今回の番組を成功例として考えてしまっては「答え」に近づけない、そんな気がしています。

繰り返しになりますが、ソーシャルと広告的なものが関わる時、ユーザーはどこに違和感を感じ、どんな感触を得たかを知る稀有なきっかけになったという意味では、示唆に富む新しい試みであったことは疑いようがありません。手探りはさらに続いていく、と改めて感じました。