ネット選挙

僕が選挙参謀ならネット選挙をどう戦うか [運用編]

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金曜日のソーシャルメディアインサイトをお送りします。アクトゼロの黒沼です。
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僕が選挙参謀ならネット選挙をどう戦うか [前提編](BLOGOS版はこちら

前回の記事で、たくさんご意見いただきありがとうございました。まずは「選挙・政治」についてもう少し丁寧に掘り下げるべきだったなと思います。
今回は実際のネット選挙戦で「選挙に勝つためにどう動くべきか」という部分を考えていきます。

まずは、全体戦略からです。

ネット上に選挙対策本部を設置する

photo by Dick Thomas Johnson

ネット選挙解禁において、懸念点としてマスコミを賑わせているのは、「デマ・なりすまし」にどのように対処するかという部分です。

違反者への厳罰化やプロバイダーへの削除依頼と言った従来型の対策手法について多く語られていますが、もっとも有効なデマへの対抗手段は、政党公式のアカウントやリリースがひと目で分かる、「ネット選挙対策本部」を設置することです。

「ネット選挙対策本部」では、主に4つの機能を実現します。

1.候補者の公式アカウントのリストを掲載し、信頼性を担保します。
2.政党の公約一覧を全文掲載し、ソーシャルメディア上でシェアされやすい情報単位(ブログの記事単位)で提供する。
3.常時公式リリースが打てるスタッフを置き、デマや流言にリアルタイムで対抗する情報リリース拠点とします。
4.各ソーシャルメディア上に「ネット選挙対策本部の窓口」を開設し情報リリースと同時に拡散を図ります。 

去年の12月、政権交代選挙時に「自民党が徴兵制を復活させる」といったデマが流れた事がありましたが、自民党の議員公式アカウントによってこれが否定され収束しました。この時の対応は、議員アカウントによる自発的な発言だったので、デマは一定の拡散を見せてしまいましたが、政党として公式に即座に否定することが出来れば、被害は最小限に抑えられたはずです。

Twitter上などで、先の震災の際にも多くのデマが流れましたが、同時にそれが真実ではないというツイートも多く共有されました。未だデマに流されてしまうユーザーが多くいる反面で、それを検証するだけの自浄作用をソーシャルメディアは持っていると思います。
デマ収束の自浄作用を加速させるために、デマを否定するための有力な「情報の武器」を、シェアしやすい形でソーシャルメディア上に提供する必要があります。 

有権者のタイプ別戦略的アプローチ

次に有権者タイプ別のネット選挙戦略です。前回の記事では有権者を以下の3タイプに分けました。

タイプA=自分で政策検討でき、選挙の度、日常的に投票を行う「意識の高い」有権者
タイプB=政策検討が困難で、投票までたどりつけない、「選挙が難しかった」有権者
タイプC=ただただ「めんどくさいから投票しない」有権者

A→Cになるほど政治関与度が低くなり、タイプCは政策内容以外の要因でしか投票に参加しないものとします(政局的ブーム・気分・候補者との接触度など)。タイプ別にネット選挙戦略を考えていきます。

政策検討タイプにはフェアでオープンな検討の場を

タイプA,Bに対しては、まず大前提としてオープンな政策決定に至るフローを公開するということが、重要になってきます。

ソーシャルメディアがあたりまえとなった今では、政策決定がもたらす良い面・悪い面について、即座に検証が行われその検討がシェアされます。そのため、政策のもたらす「良い面」だけを宣伝しても、それに「悪い面」を持って反論することは容易です。これでは有権者を、政策内容で説得するには片手落ちなのです。

政策がもたらす、良い面・悪い面を併記しつつ、それでもこの「選択」を政党として選択した。という見せ方を政党ができたならば、政策の是非を超えたフェア」な印象を、有権者に与えることができます。 政党のフェアさは、以降のネット選挙において重要な政党のブランディング要因のひとつとなっていくはずです。

自ら政策選択が困難な有権者(タイプB)にとっては、この政党の「両面的選択」が模範解答として作用します。自分にとって、専門的な知識なしに結論を出すには難しすぎる問題について、代わりに考えてくれた政党として選択される可能性は十分にあると考えます。各党が自らの主張だけを繰り広げる中、政策の美点・問題点について真摯に考えている姿を有権者に見せるという手法は、とても今のネットと即した姿だと思いませんか?

タイプCには有権者と候補者の「接点探し」を

政策内容以外の要因でしか投票に参加しないタイプCに対しては、これまでの選挙において、未だ「握手周りのドブ板選挙」が有効なように、候補者と有権者の間の距離を極限まで近くし、可能な限り2者の共通点を見出そうとするという戦略が有効だと考えます。

ソーシャルメディア上での1対1のコミュニケーションの充実は、ネット上における「ドブ板選挙」とも言えそうです。候補者から直接コメントなどを受け取ったユーザーは単純により「候補者と近づいた」印象を受けるはずです。Twitterでリアルタイムに有権者とコミュニケーションを取る様子は、それだけで候補者を身近に感じさせるはずです。

安倍晋三FBページより引用

また、候補者と有権者の間の共通点探しという意味では、安倍首相FBのこちらの書き込みのような接点探しが有効にはたらきます。アメリカ大統領選で、候補者指示に大物アーティストが動くように、政策内容とは関係のない部分で有権者とともに楽しめる「共通項」を多く見つけることが重要になってくるはずです。麻生外相の「マンガ好き」に代表される政治家としてではない部分での共通項探しとそのイメージ拡散も、一定の効果がありそうです。

「ネット選挙」と「選挙」の未来

まとめです。

ネット選挙の要点は、ソーシャル上での「共有」にあると考えています。
ソーシャルメディアは「日常のメディア」と言われます。ネット上のつながりのなかで、ユーザー同士、日常の出来事を共有することでコミュニケーションを楽しんでいます。

単に現実の「社会的なつながり」が、ネット上にもちこまれているだけではありません。遠距離で疎遠になっている友人同士がつながったり、マイナーな趣味の持ち主が同好の士を得られたり、ソーシャルメディア以前では不可能だった「新しいつながり」をユーザーは多く実現しているのです。

現実世界の選挙では距離が縮まらず、若い有権者を中心とした選挙離れが起きています。
ネット選挙においては、政治の側から「有権者の日常にどれだけつながれるか」という、新しい選挙の形をいかに早く確立できるかがポイントになってきます。

「従来型選挙」の解体と、有権者と「つながる」ための新しい選挙の形が求められています。ネット選挙を通して、有権者の日常につながれる「選挙のあたらしい形」を取り戻すことができたなら、現実社会の選挙活動も、もっと有権者の「日常」に近づくことになるでしょう。

安倍首相がイチローファンだということを知って、はじめて選挙に参加した有権者がいたとします。少なくとも彼にとって「選挙が自分とは関係のない、どこか別の世界の出来事ではなくなった」ということなのだと僕は考えています。選挙に行かない層を投票所に行かせるということは、まずはこういうところから始まるのではないでしょうか?

黒沼透(@torukuronuma)2013-02-22

 

 

 

(番外編)前回いただいたご意見へのご回答

BLOGOS上でコメントを頂き、非常に刺激を受けたbusheyeさんとsuperdolphin2さんのご意見の一部を紹介します。

「民主党はダメだった。でも自民党に戻るの?難しいよね・・・」といった感じで 威勢の良い設定を提供できなかったのですね。
非常にぶっちゃけたはなし、投票率が低かったのはそれが原因だと私は思います。 多くの人が単純な物語を好みます。これは仕方のないことです。
のみならず、多くの人が物語を自分で考えることを恐れます。 何らかの権威がある(ありそうだと感じる)人が提供する物語に乗りたいのです。
しかし他にも書かれている方がいるように、重要なのは、 厚みのある、良質なストーリーなわけです。
busheye http://blogos.com/article/56245/

「選挙に政策から検討して積極的に参加する人」は少数で、「そうではない大多数の有権者」を動員する(≒選挙の勝敗を決する)には、誰が善人で誰が悪人かがわかりやすいストーリー設定に依る部分が多いのでは?というbusheyeさんのご意見です。
実際そうなんだろうなと思います。郵政選挙があれだけ盛り上がったのは、「旧自民党をぶっ壊す!」というストーリー設定があったからだという意見に賛成します。
ただ、現在のネット状況が当時ほど「大きなストーリー設定」に向かないのではないかという気もしているのです。いまは、多くのブログやソーシャル・メディア上で、「賛否の情報」があふれている状況なのだと僕は思います。先の選挙争点の一つとなるはずだった「原発の是非」について言えば、ネットでは「脱原発」の声が圧倒的に強かった気がしますが、実際には多くの有権者はそのようには動かなかった。有権者は自らの結論まで達することができなかったのではないでしょうか?いま「郵政選挙」を行ったら、もう少しマイルドな決着となったのでは?という気がするのです。今回はそう仮定した時、ネット選挙戦はどう戦うべきかということを検討しています。

ただ、このエントリで現状で語られていることは、上記で書いた「現実」の延長線上にあるようにしか見えない。
つまり一種のマーケティングであり、あくまでも選挙陣営というサプライヤサイドが如何に都合の良く効率的に有権者にアプローチできるか、ということばかりが並べられている。

これ、単に政党側に都合が良いだけだし、読み方によっては如何に 有権者を偽るかという風にも読めるよ。
選挙には素人とのことだし、別に思考実験だから別に実害は無いんだけど これから始まろうとしている仮にも国の行く末を左右する選挙なんだよ?
superdolphin2 http://blogos.com/article/56245/

一部のネット技術は強力で、候補者サイドに運用上のモラルが必要です。ただ、ネット選挙においては、「有権者を騙す」ことは従来よりもずっと難しくなると考えています。政党の行動一つ一つがチェックされ、落ち度があればすぐさまシェアされるからです。
企みがバレて、信頼を失う事になればその損失は計りきれません (かつてのゲートキーパー問題のように)。「有権者を騙す」ことはもはや割が合わないのです。なので選挙戦はフェアに行われるべきだと考えています。
その上で、有権者の選挙関与度に最適化して最も有効な形でアプローチしていくことは、「選挙技術」の問題なのではないかと考えています。「政策をを検討する気がない有権者」からも得票を目指すのであれば、政策論争から離れた形での得票手法をプレイヤー(政党・候補者)は目指します。
「政治」が、参加者全員の熟考の元検討され、選択され、執り行われるべきものだとします。僕も個人的には議論が尽くされるべきだと思います。しかし、「現在の選挙」を通してそうはなっていない状況があるならば、本来主役であるはずの「有権者側の怠慢」か、「システムそのもの」に問題があるのではないでしょうか?そして、政治に問題点を認めるとき、僕達有権者は、総体としてどこまでもその任命責任を追っているのだと僕は考えています。